戦国のメリークリスマス
この時期になると、街には明るいネオンや胸の弾むような軽快な音楽が
鳴り響いて、用もないのにショーウィンドーの中を覗きたくなる。
何を買おう、誰にあげようプレゼント。
何を食べよう、誰と食べよう夕ご飯。
心がウキウキと弾んで、毎日を指折り数えてその日を待つ。
クリスマスとは、異国の神の降誕を祝う行事なのだが、現代はそういった
宗教にはとらわれず、親しい仲間や大切な家族、または恋人と過ごす大切
な時間となっている。
かごめが現代で生きることよりも、愛する犬夜叉や仲間らと共に生きるよ
うになってから、早一年近くが経っている。
いつもなら、当たり前のように聞いていた馴染みの音楽も、今はもう聞こえ
ては来ない。
美しい紅葉が済んで、初雪も舞った。
村中が正月を迎える準備で慌ただしくする中、彼女は唯一、クリスマスの
ことを考えていたのだった。
*
「へぇ、そんなお祭りがあるんだ?」
お互いに洗濯物を干しながらおしゃべりをしていると、珊瑚はさも嬉しそう
に話に乗った。
「そうなの。現代ではね…」
学生時代を共に過ごした友達らとどんなクリスマス前を過ごしたか、また
家族とどんな当日を過ごしたのか、それを話しているときりがなかった。
楽しそうに話すかごめを見て、珊瑚は粋な提案を持ちかけた。
「じゃあ、それ、こっちでもしてみない?」
「え?」
「法師さまや犬夜叉に贈り物をこっそり用意してさ、夜はみんなでごちそうを
食べるの」
「あ、それいいっ」
「でしょう」
かごめと珊瑚は、無二の親友と言う間柄である。
どんな辛いときでも相談をし、お互いの悩みや苦労を分け合って過ごして
いる。
もちろんそれは、楽しいとき、嬉しいときにも一緒である。
「ありがとう、珊瑚ちゃん」
「実はあたしも嬉しいんだ。かごめちゃんと知り合ってから、見知らぬ世界の
話を聞けるようになって、人よりほんの少し贅沢に過ごしてる気持ちになれ
るんだから」
「うん、本当にありがとう」
「成功させようね、クリスマス」
珊瑚は、とても頼もしく笑った。
「ほら、早く干そう、もうお昼だよ」
「あ、ほんとだ、急がなくっちゃ」
夜になると、村の外に出ていた犬夜叉と弥勒も家に戻った。
クリスマスパーティのことは、当日になるまで二人には秘密である。
しかし、かごめは、犬夜叉が戻る直前に楓の家に向かい、りんにも誘いの
言葉をかけていた。
つまり、殺生丸だけが唯一、その秘密を知る者だった。
「悪いが、私には興味がない。お前だけが行けばよかろう」
りんは思い切って話をしてみたが、結果は案の定だった。
彼は手早く用事を済ますと、後は何もなかったかのように姿を消してしまう
のだ。
「まぁ、いっか」
彼女は少し大人になったとは言え、まだ子供のあどけなさが十分残ってい
る。
その為、頼みごとに対する執着も浅く、どうしても、と言う気持ちにはほど
遠かった。
その気のない殺生丸を無理に呼ぶよりも、みんなで美味しい食事を頂くと
言う方が、よほど魅力的だったのである。
*
そして、いよいよその日がやってきた。
「だからね、犬夜叉、今日はなるべく早く帰って来て」
「なんかあるのか」
「うん、珊瑚ちゃんに料理を教わるの」
「そっか、じゃあ早く帰るか」
犬夜叉は、早速ごちそうを想像したのか、ゴクリと息を呑んだ。
かごめは、フライパンもレンジも無い世界に備えて、母より純和風料理の
作り方などを教わってきたものの、やはり納得が行く料理にはほど遠い。
そのため、時には姉のように慕う珊瑚から、戦国時代の料理のいろはを
学んでいるのである。
これは今に始まった事ではないので、彼も疑うことさえ無かった。
「けど、かごめもずいぶん上手くなったよな、こっちに来たばかりの時は…」
「い・ぬ・や・しゃ!早く行ってらっしゃい」
「あ、ああ」
そう言って彼は、まるで逃げて行くように慌てて家を出た。
「もう、褒めてくれるだけでいいのに」
そう言いつつもかごめは、どこか顔が照れてしまった。
直ぐ近くの弥勒の家でも、やはり同じような会話が繰り広げられていた。
ただ、犬夜叉たちと違ったのは、こちらはいたって仲むつまじい夫婦の会
話だった。
子供も出来て、 すっかり母の貫禄のついた妻に、今更夫が口を出すこと
も無かったのである。
弥勒が毎日安心して出掛けられるのは、珊瑚が家と子供を守っていてく
れるからであった。
「かごめさまにもお前の力が必要なのです、しっかり助けてあげなさい」
「解ってる、あの子はあたしがきっちりと教えるから、任せて」
「お前は本当に良いおなごになった、自慢の嫁です」
「もう、恥ずかしいからっ」
弥勒は、奈落の呪いから放たれた途端、悪い女癖も消えて無くなった。
あれも呪いの一つだったのではないか、と、今ではそう考えるようになっ
た。
真面目に働く夫の姿を見て、珊瑚も負けてはいられないと思った。
今では良い母になることが目標になっている。
「じゃあ、行ってらっしゃい、法師さま」
「では犬夜叉と一緒に早く戻りますよ」
こうして二人が出て行くと、かごめと珊瑚はごちそう作りに取りかかった。
「さぁ、始めようよ」
「そだね、男たちにあっと言わせなくっちゃ」
「うんっ」
一方、りんは、家の中を飾る物を探しに森に向かった。
赤い実や、青々とした葉、それに藤のツルも立派な装飾品になる。
藤のツルを水に浸し、柔らかくしてから輪を作ると、クリスマスリースが簡
単に出来上がる。
「やった、出来た」
彼女は大きな声で喜んだ。
かごめに教わった方法で、可愛らしい小物を幾つも作っていると、いつし
か心の中がウキウキと弾んで来たのである。
(何かを作るのは、こんなに楽しい気持ちになれて嬉しいものなんだ)
彼女は、どこかくすぐったいような笑みを浮かべて、思わず肩をすぼめた。
「どうしよう、殺生丸さまのも作ろうかな」
きっと喜ばないと解っていても、こんなことが出来るようになった自分を見
てもらいたかった。
「よし、作ろう。捨てられたっていいもん」
誰かに何かを贈る喜びは、本当に心が躍った。
こんなことなら、もっと真剣にお願いしておけば良かったと、ようやく後悔を
した。
*
犬夜叉と弥勒は、簡単な妖怪退治を引き受け、そのお礼にとたくさんの食
料を手に入れた。
中には、キジが一羽丸々入っている。
「どうするんだ、これ」
犬夜叉は、いささか困惑した様子で弥勒に尋ねた。
「丸焼きにしてはどうでしょう。珊瑚も既に料理は手一杯でしょうし、焼くくら
いなら我々だけでも出来ますから」
「そうだなっ」
焼くだけと解って安心したのか、犬夜叉はにっこりと微笑んだ。
そして二人は、周囲に落ちている木の枝を集めると、大きなたき火をおこ
した。
「子供たちもきっと大喜びですよ」
「そうだな、たまにはこう言うのもいっか」
普段、なかなか家庭のことを手伝わない為か、どことなく後ろ暗い所があ
ったが、今夜は仕事の他にも立派な土産が出来て気持ちよく帰れそうだ。
「お帰り、犬夜叉」
家に戻ると、かごめの笑顔がパッと飛び込んできた。
けれど、それよりもまず飛び込んできたのは、美味しいごちそうの匂いだ。
いつもの単純なものとは違って、相当手の込んだ料理の香りである。
そして、彼は、いつもとは違う部屋の感じに気が付いた。
壁や床に、クリスマスらしい装飾がされて、戦国時代とは思えない華やか
さがある。
赤い実をつけたヒイラギの枝には、きらびやかな着物の端布(はぎれ)がリ
ボンの形に結んであった。
「ん?」
「こんにちは、犬夜叉さま」
りんは、自ずから駆け寄り、礼儀正しく挨拶をした。
「何だ、お前も来てたのか」
「はい」
「いいかい、犬夜叉、今日は子供たちが主役だよ」
珊瑚が最後の料理を、いろりの側へと運びながら言った。
彼女の回りには、まだ幼い子供たちが子犬のようにじゃれついている。
こんな賑やかな食事は、久しぶりのことである。
「おい、何だか楽しそうだな」
「そうですね」
遅れて家に入ってきた弥勒も、お土産を差し出しながら、嬉しそうな顔で言
った。
「わーっ、すごいっ」
かごめは、弥勒が持ってきたキジの丸焼きを見るなり、大きな声を上げて
喜んだ。
「良かったじゃないか、これでますますクリスマスっぽくなって」
珊瑚がそう言うと、弥勒が不思議そうに尋ねた。
「クリスマス?」
「そう、現代では今夜はクリスマスなんだって。親しい仲間や大切な人と贈り
物を交わしたり、食事を楽しんだりして、生きている喜びや感謝をする一日
らしいよ。本当は鳥の丸焼きをみんなで食べるみたいだけど、手に入らなか
ったからどうしようかと思ってたんだ」
「弥勒さま、私たちの作った料理、たくさん食べていってね。部屋の飾りはり
んちゃんが作ったのよ」
「みんなが笑顔で集まって、美味しいごちそうを分け合って、とても素晴らし
いことです」
そう言って弥勒は、有り難そうに両手を合わせた。
「よーし、食うぞーっ」
今度は犬夜叉が、お腹を鳴らしつつ、張り切って両腕を上げた。
すると、それが合図になって、全員が床に腰を下ろした。
そして、それぞれが料理や酒を手に持つと、みなが声を揃えて言った。
「メリークリスマス、おめでとう」
*
こうしてクリスマスパーティは夜中まで続いた。
やがて朝になって、りんが家の外に出ると、大きな包みが置かれていた。
「かごめさま、これ」
布の包みを開けると、中には真新しい着物が大小三枚入っていた。
こんなことが出来るのは、一人しかいない。
「殺生丸の野郎、一人だけ目立ちやがって」
犬夜叉は、怒りをあらわにして、悔しそうに頭をかいた。
「まぁまぁ、いいではありませんか。りんが世話になっていることに感謝して
いるのでしょう。彼も彼なりに、我々とも上手くやっていこうと思っている証で
す」
「ま…まぁな」
弥勒の言葉にさとされ、彼の顔にも穏やかさが戻って来た。
いつかは殺生丸もこの輪に交じるのだろうか。
かごめはそんなことを思いながら、素晴らしかった一夜に感謝した。
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